胸のドキドキが止まらない!?戦うお姫様所縁の地を巡ろう!

浜松にいるもう一人の女城主

現在は空前の歴史ブームで、日本各地の武将の地を旅する方が大勢いますが、戦国時代には僅かながら女城主もいた事は知っていましたか?
代表的な人物としては、徳川三傑の一人・井伊直政を育て上げた井伊直虎が有名ですね。しかし彼女の故郷・浜松市には、井伊直虎以外にも戦うお姫様がいるのです。

それが引間城主飯尾豊前守乗竜の妻、お田鶴の方です。お田鶴の方は徳川家康に侵攻された時、飯尾豊前守乗竜は既にこの世にいませんでした。そんな窮地の中、第5代引間城主のお田鶴の方は緋縅の鎧を纏って白柄の薙刀を手にし、女性ながらも200名の城兵と共にたてこもりました。城兵は男だけでなく侍女18名もいましたが、お田鶴の方と共に命を賭して戦い、討ち死にしてしまいました。
その戦い様に心を打たれた徳川家康は、お田鶴の方と侍女18人の亡骸を手厚く葬り、椿の木を植えて供養しました。それが後年になって観音様を祀るようになり、いつの日かその御堂は椿姫観音と呼ばれるようになりました。

福岡県の女武将・立花ぎん千代

久留米市の立花ぎん千代も女城主として有名です。ぎん千代は一人娘だった事から、男性当主と同じ待遇で育てられました。夫の立花宗茂との戦国時代最強と謳われた夫婦コンビも有名で、島津軍の侵攻から撃退するなど数々の戦果を挙げています。
関ヶ原の戦いでは敗軍になり領地を没収されましたが、夫の宗茂はぎん千代の故郷を取り戻すべく、彼女の死後も努力と戦績を積み重ねて、西軍で唯一大名に返り咲きました。そんな夫婦を祀った柳川市の三柱神社では、奇跡の大復活のご利益を得られる「蘇守」が売られています。

いかがでしたか?戦うお姫様に想いを馳せる旅は、色んな意味でドキドキして面白いですよ。

ヤートラルートについて

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です